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東京高等裁判所 昭和46年(う)3538号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

ただしこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平野智嘉義、同辰口公治共同作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、つぎのとおり判断する。

一、訴訟手続の法令違反の主張について

記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、≪証拠省略≫によれば、所論のように、原審裁判官は、昭和四六年九月二八日の原審第二回公判期日に黒田哲を証人尋問した際、証拠とすることに不同意の同人の司法警察員に対する供述調書を検察官から手許に取り寄せ、これを見ながら自ら同人を尋問した疑いがある。

ところで、証人尋問に当り、裁判官が自ら発問するための資料として、すでに証拠とすることに不同意となった当該証人の捜査官に対する供述調書を見ることは、当然その内容を知ることになり、当該証人の証言以外に、その証拠能力のない証拠(供述調書)によって、裁判官がなんらかの心証を形成する虞れがないとはいえず、証拠裁判主義(刑訴法三一七条)を採る現行刑訴法上許容せられない違法なことといわなければならない。それ故原審裁判官のなした黒田哲に対する証人尋問の方法は違法の疑いがある。しかし、原審における黒田哲の証言内容は、当審において再度取り調べた同人の証言内容とほぼ同旨のものであって、その間に大きな違いはないのであって、今仮に原審における同人の尋問方法に所論指摘のとおりの違法があったと断定してみても、これが右証人の証言内容に影響をおよぼしているとは認められない。また、所論供述調書によって原審裁判官の心証が形成され、それがその後の事実取調の経過、右証言をも含めた証拠の取捨判断およびそれによる事実認定に影響をおよぼしている形跡も記録上認められない。原審の訴訟手続には判決に影響をおよぼすことの明らかな違法があるとはいえず、従ってまた違憲の主張も結局において理由がないことになる。

二、事実誤認の主張について

記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき審究するに、≪証拠省略≫によれば、被告人は比較的酒に強い方ではあるが、本件事故前に少なくともビール三本位を飲んでいたこと、そして右の事故の約一〇分後に警察官の取調を受けた際、言語は大声、歩行は異常、直立しても五秒でふらつき、酒臭強く、目は充血している等の状態を呈しており、酒酔いの化学判定が実施された結果、呼気一リットルにつき〇・五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有していることが鑑識されたこと、本件事故の際同乗していた黒田哲は逸速く被害者を発見して危険を感じサイドブレーキを引いているのに、被告人はその間被害者に気付いていないこと、また事故後車両を転回させた際にも、ハンドル操作に適切を欠き路側の石塊に接触させていること、また被告人の妻や黒田哲は被告人が飲酒しているために本件自動車の運転をやめさせようとしたが、被告人は一向にこれを聞き入れなかったこと等の事実が認められるのであって、右の事実によれば、被告人が酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができない虚れのある状態にあったことは明らかである。この点に関する原判決の認定は相当であり、事実誤認はない。論旨は理由がない。

三、量刑不当の主張について

本件は、酒酔運転および酒の酔いの影響もあって、運転者としての基本的義務である前方注視に欠けるところがあったために、被害者谷治勝五郎に対し全治まで五二日間を要する頭部外傷等の傷害を負わせた事案であって、各罪質および過失の程度や被害の大きさに鑑みると、被告人の刑責は軽くない。しかし、被告人には交通違反等をも含めて前科は一つもないこと、被害者との間に示談を遂げているのみならず、被害者は被告人を宥恕しており、寛大な処遇を強く望んでいること、被告人は現在十分反省、悔悟していると認められること等被告人に有利な諸般の事情をしん酌するときは、今直ちに実刑を科するよりも、社会生活のなかで罪の償をさせつつ自力更正の途を歩ませる方が至当と認められる。被告人に対し禁錮六月の実刑を科した原判決は量刑重きにすぎるものというべく、論旨は理由がある。

四、よって刑訴法三九七条、三八一条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所においてさらに判決する。

原判決が適法に確定した事実に法律を適用すると、原判示第一の所為は道路交通法六五条一項、一一七条の二の一号に、原判示第二の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するので、各所定刑中前者については懲役刑を後者については禁錮刑を選択のうえ、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、但書、一〇条により重い原判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を禁錮六月に処し、前叙の情状に照らし刑法二五条一項一号を適用して、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。なお訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文に則り原審および当審の費用全部を被告人の負担とする。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三井明 判事 石崎四郎 杉山忠雄)

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